人名辞典:漆原義之 (1901-1972) – 昭和の化学者

人名辞典:漆原義之 (1901-1972) – 昭和の化学者

漆原義之の生涯と研究

漆原義之の生涯と研究

-漆原義之の生涯と研究-

漆原義之は、1901年1月18日に福島県耶麻郡の西会津村(現在の会津若松市)に生まれた。1924年に東京帝国大学理学部化学科を卒業後、同大学の助手となった。1929年に理学博士号を取得し、1931年に同大学の助教授に就任した。

漆原義之の研究は、主に有機化学の分野で行われた。彼は、1930年にアセトアルデヒドとベンゼンから安息香酸を合成する新しい方法を開発した。この方法は、安息香酸の工業生産に広く使用されるようになった。

漆原義之は、また、1935年にアセチレンと水からアクリロニトリルを合成する新しい方法を開発した。この方法は、アクリロニトリルの工業生産に広く使用されるようになった。

漆原義之は、1940年に東京帝国大学の教授に就任し、1969年に同大学を退官した。退官後は、日本学術会議の会員や日本化学会の会長を務めた。

漆原義之は、1972年1月18日に東京都で死去した。享年70。

漆原義之は、日本の化学の発展に大きく貢献した偉大な化学者であった。彼の業績は、今日もなお、多くの化学者によって研究され、活用されている。

ウルシバラ-ニッケル触媒の発見

ウルシバラ-ニッケル触媒の発見

-ウルシバラ-ニッケル触媒の発見-

漆原義之は、1926年に東北帝国大学理学部化学科を卒業し、東京帝国大学理学部化学科の助手となった。1928年には、英国のケンブリッジ大学に留学し、フレデリック・ジョージ・ドンナンのもとで研究を行った。1930年に帰国し、東北帝国大学理学部化学科の助教授となった。1937年には、東北帝国大学理学部化学科の教授に昇進した。

漆原義之は、1932年に、ニッケルとモリブデンを触媒として用いることで、ベンゼンとアセチレンからスチレンを合成する方法を発見した。この方法は、ウルシバラ-ニッケル触媒法と呼ばれ、スチレンを工業的に生産するための重要な方法となった。

ウルシバラ-ニッケル触媒法は、ベンゼンとアセチレンをニッケルとモリブデンを触媒として用いて反応させることで、スチレンを合成する方法である。この方法は、1932年に漆原義之が発見した。ウルシバラ-ニッケル触媒法は、スチレンを工業的に生産するための重要な方法となった。

ウルシバラ-ニッケル触媒法は、スチレンを工業的に生産するための重要な方法である。スチレンは、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリエステルなどのプラスチックや、合成ゴム、塗料、接着剤などの原料として使用される。ウルシバラ-ニッケル触媒法は、スチレンを効率的に生産することができるため、プラスチックや合成ゴム、塗料、接着剤などの生産に大きく貢献している。

ウルシバラ-ニッケル触媒法は、漆原義之が発見した有機化学における重要な反応である。この方法は、スチレンを工業的に生産するための重要な方法となっており、プラスチックや合成ゴム、塗料、接着剤などの生産に大きく貢献している。

ステロイドの研究

ステロイドの研究

-ステロイドの研究-

漆原義之は、ステロイドの研究においても大きな功績を残しました。ステロイドは、コレステロールを基本構造とする化合物で、ホルモンやビタミン、胆汁酸など、様々な生理活性を持つことが知られています。

漆原は、1930年にステロイドの中間体であるプレグネノロンの全合成に成功しました。これは、コレステロールからステロイドを合成する画期的な方法として世界中で注目されました。その後も漆原はステロイドの研究を続け、1936年にはプロゲステロンの全合成に成功しました。プロゲステロンは、妊娠を維持する働きを持つホルモンです。

漆原のステロイドの研究は、その後の医薬品開発に大きな影響を与えました。1949年には、漆原が開発したコルチゾンがリウマチの治療薬として実用化されました。コルチゾンは、ステロイドの一種で、抗炎症作用と免疫抑制作用を持っています。コルチゾンは、リウマチ以外にも、喘息やアトピー性皮膚炎、膠原病など、様々な疾患の治療に広く使用されています。

漆原のステロイドの研究は、医薬品開発のみならず、有機化学の発展にも貢献しました。漆原は、ステロイドの構造を解明する過程で、新しい反応や合成法を開発しました。これらの新しい反応や合成法は、他の有機化合物の合成にも応用され、有機化学の発展に大きく貢献しました。

漆原義之は、ステロイドの研究において大きな功績を残した化学者です。漆原の研究は、医薬品開発と有機化学の発展に大きく貢献し、世界中で高く評価されています。

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