人名事典-「大塚国夫」

人名事典-「大塚国夫」

早稲田大学中退後に俳優座養成所へ

早稲田大学中退後に俳優座養成所へ

-早稲田大学中退後に俳優座養成所へ-

大塚国夫は、1931年7月29日に神奈川県横浜市に生まれました。早稲田大学に入学しましたが、演劇に興味を持ち中退。1951年に俳優座養成所に入所し、1953年に俳優座劇団員となりました。

俳優座養成所は、1950年に俳優座が設立した養成機関です。演劇界の第一人者である杉村春子をはじめ、多くの俳優を輩出しています。大塚国夫は、俳優座養成所在学中に、杉村春子や千田是也らに演技を学びました。

俳優座養成所を卒業後、大塚国夫は俳優座劇団員として活動を始めました。1954年に『勧進帳』で初舞台を踏み、その後も数多くの舞台に出演しています。1956年には映画『太陽とバラ』で映画デビューを果たし、その後も数多くの映画やテレビドラマに出演しています。

大塚国夫は、幅広いジャンルの作品に出演し、その演技力が高く評価されています。特に、悪役を演じることで知られており、その迫真の演技は観る者を圧倒します。また、大塚国夫は舞台でも活躍しており、その卓越した演技力は多くの演劇ファンを魅了しています。

大塚国夫は、2015年4月21日に肺がんのため死去しました。享年83歳でした。大塚国夫は、日本の演劇界に多大な貢献をした偉大な俳優でした。

映画・テレビで活躍

映画・テレビで活躍

映画・テレビで活躍

大塚国夫は映画・テレビで活躍した俳優であり、1960年代から2000年代にかけて多くの作品に出演しました。

大塚国夫の映画デビューは1962年の「抜き射撃」であり、その後「おかしなおかしなおかしな野郎」「君の名は」「愛と死」など数多くの映画に出演しました。映画では、「三たびの海戦」「大突撃」など戦争映画で軍人を演じることも多く、迫力のある演技で観客を魅了しました。また、「仁義なき戦い」シリーズでは、やくざの役を演じ、冷徹で非情なキャラクターを完璧に表現しました。

テレビドラマでも、大塚国夫は多くの作品に出演し、その演技力は高く評価されました。「太陽にほえろ!」では、刑事役を演じ、正義感溢れる熱血漢ぶりで人気を博しました。また、「西部警察」では、警官役を演じ、クールでスマートなキャラクターで人気を集めました。その他にも、「渡る世間は鬼ばかり」「金八先生」など数多くのテレビドラマに出演し、その存在感で視聴者を楽しませました。

大塚国夫は、映画・テレビで幅広く活躍した俳優であり、その演技力は高く評価されました。2015年に亡くなりましたが、彼の遺した作品は今もなお多くの人々に愛され続けています。

「三文オペラ」で芸術祭賞受賞

「三文オペラ」で芸術祭賞受賞

「三文オペラ」で芸術祭賞受賞

大塚国夫は、1959年にペーター・ヴァイス作の「マラート/サド」で芸術祭賞を受賞。その後も、1963年にブレヒト作の「三文オペラ」で芸術祭賞優秀賞を受賞するなど、数々の賞を受賞している。

「三文オペラ」は、18世紀初頭のロンドンを舞台にしたミュージカル・ドラマ。貧しい若者ピーチャムが、娘ポリーを金持ちの老マックヒースに嫁がせるために企むが、ピーチャムの妻セリアやポリーの友人ルーシーなどが邪魔をするという物語である。

大塚国夫は、ピーチャム役を演じた。ピーチャムは、ロンドンを牛耳る「物乞い王」であり、娘ポリーを金持ちの老マックヒースに嫁がせるために様々な策略を巡らす。大塚国夫は、ピーチャムの狡猾さと野心を巧みに演じ、芸術祭賞優秀賞を受賞した。

「三文オペラ」は、社会の矛盾や人間の愚かさを描いた作品であり、現在でも世界中で上演されている。大塚国夫のピーチャム役は、この作品を代表する名演の一つである。

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