青木幸躬:幕末・明治時代の神道家

青木幸躬:幕末・明治時代の神道家

平田銕胤の門下生として尊王運動に参加

平田銕胤の門下生として尊王運動に参加

青木幸躬は、幕末から明治時代にかけて活躍した神道家、国学者です。1823年、上野国勢多郡(現在の群馬県勢多郡)に生まれました。幼い頃から学問に秀で、14歳の時に江戸に出て昌平黌に入学しました。昌平黌では儒学を学びましたが、やがて神道に興味を持つようになりました。

1841年、青木幸躬は平田銕胤の門下生となります。平田銕胤は、垂加神道を唱えたことで知られる神道家であり、国学の復興にも尽力しました。青木幸躬は、平田銕胤から神道の教えを受け、尊王攘夷思想に傾倒していきます。

1862年、青木幸躬は尊王攘夷派の志士たちとともに、天誅組の変を起こしました。天誅組の変は、幕府を倒して天皇親政を実現することを目的とした反乱でしたが、失敗に終わりました。青木幸躬は、天誅組の変に連座したとして捕らえられ、斬首されました。

青木幸躬は、尊王攘夷思想に殉じた志士として知られていますが、神道家としても大きな功績を残しています。青木幸躬は、神道の本質を説いた著作を数多く残し、神道の復興に尽力しました。また、青木幸躬は、神道に基づく教育を行う私塾を開き、多くの門下生を育てました。青木幸躬の門下生の中には、後に神道界を代表する人物となる者も少なくありませんでした。

青木幸躬は、尊王攘夷思想に殉じた悲劇の志士であると同時に、神道の復興に尽力した偉大な神道家でもあります。青木幸躬の残した功績は、現在でも高く評価されています。

維新後は教部省栃木神道分局長を務める

維新後は教部省栃木神道分局長を務める

青木幸躬は、幕末・明治時代の神道家、教育者、政治家である。弘化3年(1846年)に、下野国都賀郡清洲村(現在の栃木県栃木市)に生まれた。幼名は喜八郎。青年期に尊王攘夷運動に加わり、文久2年(1862年)に京都に上洛して、尊攘派の中心人物であった三条実美に仕えた。禁門の変で三条実美が長州藩に敗れてからは、長州藩に身を寄せ、久坂玄瑞や高杉晋作らと親交を深めた。

明治維新後、青木幸躬は新政府に出仕し、明治2年(1869年)に教部省栃木神道分局長に任命された。教部省は、明治政府が神道と仏教を統括するために設置した官庁であり、栃木神道分局は、その栃木支局である。青木幸躬は、栃木神道分局長として、栃木の神道界のまとめ役を務め、神道の普及と発展に努めた。また、明治3年(1870年)には、栃木県会議員に当選し、県政にも参画した。

明治6年(1873年)、教部省が廃止されると、青木幸躬は官職を辞任して、栃木県に戻った。その後は、私塾を開いて子弟を教育し、栃木県の神道界の発展に尽力した。また、明治15年(1882年)には、栃木県教育会の会長に就任し、栃木県の教育振興にも貢献した。

青木幸躬は、明治27年(1894年)に死去した。享年49。

晩年は神道史に関する著作を執筆

晩年は神道史に関する著作を執筆

青木幸躬の晩年は、神道史に関する著作を執筆することに費やされました。彼は、神道の歴史を体系的に研究し、その成果を『神道史』として発表しました。この著作は、神道史研究の基礎を築いた画期的なもので、今日でも高く評価されています。

青木は、神道の歴史を、古代から明治維新までの四つの時期に分けて考察しました。第一期は、神道の起源から垂加神道が成立するまでの時期です。この時期には、神道が自然崇拝や祖先崇拝を基盤として発展していきました。第二期は、垂加神道が成立してから中世までの時期です。この時期には、神道と仏教が融合し、新たな神道が形成されました。第三期は、中世から江戸時代までの時期です。この時期には、神道が儒教の影響を受け、新たな展開を遂げました。第四期は、江戸時代から明治維新までの時期です。この時期には、神道が国家神道として確立され、近代国家の形成に貢献しました。

青木は、神道史を研究する上で、文献史料を重視しました。彼は、古事記や日本書紀などの古代文献だけでなく、中世や江戸時代の神道に関する文献も広く収集し、それらを丹念に研究しました。また、彼は、各地の神宮や神社を訪ねて、現地調査も行いました。

青木は、神道史を研究する上で、神道と他の宗教との関係にも注目しました。彼は、神道と仏教が融合した神仏習合や、神道と儒教が融合した神儒習合などについて、詳しく研究しました。また、彼は、神道とキリスト教との関係についても研究し、神道の近代化にキリスト教が大きな影響を与えたことを指摘しました。

青木は、神道史を研究する上で、神道の本質を明らかにすることに努めました。彼は、神道は自然崇拝や祖先崇拝を基盤とした宗教であると主張し、神道は日本人の精神文化の基盤であるとしました。また、彼は、神道は国家神道として確立されたことで、本来の信仰としての性格が失われたと批判し、神道の近代化を主張しました。

青木は、神道史の研究を通じて、神道の歴史と本質を明らかにし、神道の近代化に貢献しました。彼の著作は、今日でも高く評価されており、神道史研究の基礎を築いた画期的なものとして知られています。

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