木村岳風 – 大正・昭和時代の吟詠家

木村岳風 – 大正・昭和時代の吟詠家

木村岳風の生涯

木村岳風の生涯

-木村岳風の生涯-

木村岳風は、1881年(明治14年)3月22日に、愛知県岡崎市に生まれました。本名は木村猪之助。幼い頃から詩吟に興味を持ち、10歳の時には東京に出て、吟詠家の田辺南山に師事しました。17歳の時に吟詠家としてデビューし、その後、全国各地を巡業して、その名を知られるようになりました。

1912年(大正元年)に、東京で「木村吟詠会」を創立し、吟詠の普及と発展に尽力しました。また、1915年(大正4年)には、日本吟詠連盟を設立し、初代会長に就任しました。1920年(大正9年)には、皇太子裕仁親王(昭和天皇)の前で吟誦し、その功績を認められて、宮内省御用吟詠師に任命されました。

1930年(昭和5年)には、日本芸術院会員に推挙され、1937年(昭和12年)には、文化勲章を受章しました。1941年(昭和16年)には、東京芸術大学教授に就任し、吟詠の教育にも力を入れました。

1955年(昭和30年)4月26日、木村岳風は、74歳で永眠しました。

木村岳風は、吟詠の普及と発展に尽力した功績により、吟詠界の巨匠として知られています。また、吟詠の教育にも力を入れ、多くの後進を育てました。

木村岳風の功績

木村岳風の功績

木村岳風の功績

木村岳風は、大正・昭和時代の著名な吟詠家で、吟詠の発展に大きく貢献しました。その功績は以下の通りです。

1.独自の吟詠法の「岳風吟詠法」の創始
岳風吟詠法は、岳風が考案した吟詠の新しい形式であり、従来の吟詠よりもより詩情豊かに、より情感を込めて詠うことを目指したものです。岳風吟詠法は、多くの吟詠家に受け入れられ、現在でも広く使用されています。

2.吟詠の普及と振興
岳風は、吟詠の普及と振興に尽力しました。全国各地で吟詠大会を開催し、吟詠人口の増加に貢献しました。また、吟詠に関する著作を多数執筆し、吟詠の理論や歴史を明らかにしました。

3.文楽・浄瑠璃・能・歌舞伎・狂言等との交流
岳風は、文楽・浄瑠璃・能・歌舞伎・狂言などの伝統芸能との交流にも積極的でした。これらの芸能から吟詠を取り入れたり、逆に吟詠をこれらの芸能に取り入れたりすることで、吟詠の芸術性を高めました。

4.吟詠の国際化
岳風は、吟詠の国際化にも努めました。海外で吟詠大会を開催したり、外国の吟詠家との交流を深めたりすることで、吟詠を世界に広めることに貢献しました。

岳風の功績は、吟詠の発展に多大な貢献をしたものであり、その功績は現在でも高く評価されています。

木村岳風の著作

木村岳風の著作

-木村岳風の著作-

木村岳風は、大正・昭和時代の吟詠家であり、多くの著作を残しています。その代表作には、以下のものがあります。

* 『吟詠入門』(1914年)
* 『吟詠読本』(1915年)
* 『吟詠必携』(1916年)
* 『吟詠事典』(1917年)
* 『吟詠新書』(1918年)
* 『吟詠大全』(1919年)

これらの著作は、吟詠の基礎知識や技法、歴史などについて解説したもので、多くの吟詠愛好者から愛読されています。また、岳風は、吟詠の普及のために全国各地を巡回して講演や吟詠会を開催し、吟詠の楽しさを多くの人々に伝えました。
岳風の著作は、吟詠の技法や歴史を学ぶ上で貴重な資料となっており、現在でも多くの吟詠愛好者から愛読されています。

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