早野巴人:江戸時代中期の俳人

早野巴人:江戸時代中期の俳人

早野巴人の生涯と作品

早野巴人の生涯と作品

-早野巴人の生涯と作品-

-早野巴人-(1663-1742)は、江戸時代の俳人であり、芭蕉の門人として知られています。

1663年、遠江国浜松(静岡県浜松市)に生まれました。山崎宗鑑の弟子である九巴の養子となりました。1681年に江戸に出向き、芭蕉に俳諧を学びました。1683年に芭蕉の弟子となり、巴人の俳号を与えられました。

芭蕉の死後、巴人は俳諧の普及に努めました。1695年に『猿蓑』を刊行し、1710年には『奥の細道』を刊行しました。『猿蓑』は、巴人の俳諧の代表作であり、芭蕉の『奥の細道』に続く俳諧紀行文として知られています。

巴人の俳諧は、芭蕉の写生俳諧を継承しつつ、独自の境地を切り開きました。巴人の俳諧は、自然の美しさや人間の情感を繊細に表現しており、読者に深い感動を与えます。

巴人の死後、その俳諧は広く愛され、多くの弟子を輩出しました。巴人は、江戸時代中期の俳諧を代表する俳人であり、その功績は高く評価されています。

-代表作-

* 『猿蓑』(1695年)
* 『奥の細道』(1710年)

-弟子-

* 小林一茶
* 与謝蕪村
* 水巴

早野巴人の俳諧の特徴

早野巴人の俳諧の特徴

-早野巴人の俳諧の特徴-

早野巴人は、江戸時代中期の俳人です。松尾芭蕉の弟子の一人で、蕉風の俳諧に大きな影響を受けたとされています。巴人の俳諧の特徴は、以下の通りです。

* -写実性-

巴人の俳諧は、写実性に富んでいます。目の前の自然をありのままに描写し、その美しさや不思議さを表現しています。例えば、以下の句は、冬の雪景色を写したものです。

> 雪ふる夜の しづかさや 山の端

この句は、雪が降り積もる夜の静けさを、山の端の雪景色を交えて表現しています。雪の降り積もる様子や、山の端の雪景色が目に浮かぶようです。

* -情趣性-

巴人の俳諧は、情趣性に富んでいます。自然の美しさや不思議さを詠むだけでなく、その情趣や風情を表現しています。例えば、以下の句は、春の朝の景色を詠んだものです。

> 朝がすみ たちわたる野辺に 雉子鳴く

この句は、春の朝の霞が立ち込める野辺に、雉子が鳴く様子を詠んでいます。霞の立ち込める野辺の情趣や、雉子の鳴き声の風情が伝わってきます。

* -余白性-

巴人の俳諧は、余白性を持っています。句の最後に余韻を残し、読者の想像に委ねています。例えば、以下の句は、秋の夕暮れの景色を詠んだものです。

> 秋の暮れ 鐘つきかねて もみぢ葉散る

この句は、秋の夕暮れに鐘が鳴り響き、もみぢの葉が散る様子を詠んでいます。鐘の音が鳴り響く中、もみぢの葉が散る様子が目に浮かびますが、同時に、秋の夕暮れの寂しさや物悲しさも感じられます。

巴人の俳諧は、写実性、情趣性、余白性を兼ね備えており、高い芸術性を持っています。芭蕉風の俳諧を代表する俳人の一人として、現在でも多くの人々に親しまれています。

早野巴人の弟子たち

早野巴人の弟子たち

– 早野巴人の弟子たち

早野巴人は、江戸時代中期の俳人であり、蕉風の俳諧を大成させた一人として知られています。巴人は、多くの弟子を育て、その中には、蕉門を代表する俳人たちが少なくありませんでした。

巴人の弟子たちの中でも、特に有名なのが、小林一茶、與謝蕪村、松尾芭蕉です。一茶は、巴人の弟子として最も早く頭角を現し、江戸俳壇で活躍しました。蕪村は、巴人の死後、蕉門を継承し、蕉風俳諧をさらに発展させました。芭蕉は、江戸時代を代表する俳人であり、その俳風は、後の俳人に大きな影響を与えました。

また、巴人の弟子たちの中には、俳諧以外の分野でも活躍した人物がいます。例えば、横井也有は、俳諧師としてだけでなく、狂歌師としても知られており、多くの狂歌を残しています。加賀千代女は、女性俳人として初めて、自選句集を出版しました。

巴人の弟子たちは、それぞれに独自の俳風を持ち、江戸時代の俳諧の発展に大きな貢献をしました。彼らの作品は、現在でも多くの人々に愛され続けています。

-# 小林一茶

小林一茶は、1763年に信濃国柏原(現在の長野県松本市)に生まれました。18歳で江戸に出て、巴人の門下に入りました。一茶は、江戸俳壇で活躍し、1827年に代表作である「おらが春」を出版しました。一茶の俳風は、ユーモアと機知に富み、庶民の生活をありのままに詠んだものが多いです。

-# 與謝蕪村

與謝蕪村は、1716年に京都に生まれました。18歳で江戸に出て、巴人の門下に入りました。蕪村は、江戸俳壇で活躍し、1791年に代表作である「蕪村句集」を出版しました。蕪村の俳風は、華麗で装飾的なもので、絵画的な表現を得意としました。

-# 松尾芭蕉

松尾芭蕉は、1644年に伊賀国上野(現在の三重県伊賀市)に生まれました。29歳で江戸に出て、俳諧を学び始めました。芭蕉は、江戸俳壇で活躍し、1689年に代表作である「奥の細道」を出版しました。芭蕉の俳風は、自然を詠んだものが多く、その俳句は、今も多くの人々に愛されています。

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