浄瑠璃作者・北窓後一

浄瑠璃作者・北窓後一

北窓後一の人となり

北窓後一の人となり

– 北窓後一の人となり

北窓後一(きたまどのこういち、生没年不詳)は、浄瑠璃作者。初名は近松甚十郎を名乗り、近松門左衛門の甥。出生は不明であるが、京都の愛宕郡(現京都市右京区)の出身とされる説、京都市上京区の出身とされる説がある。

幼少期から近松門左衛門に師事し、浄瑠璃の脚本を学ぶ。近松の死後、享保11年(1726年)に『近松浄瑠璃全100巻』を刊行し、近松の作品を後世に伝えることに努めた。また、近松の代表作である『曾根崎心中』の続編である『曾根崎心中後追物語』や、『仮名手本忠臣蔵』の続編である『仮名手本忠臣蔵後日譚』などの作品を発表し、近松の作風に学びつつも、独自の作風を確立した。

後一の人となりについては、あまり詳しい記録が残されていないが、近松門左衛門から「後一は我と同等の才あり」と言われたと伝えられている。また、後一は浄瑠璃の脚本だけでなく、狂歌や俳諧なども得意としており、文芸方面で全般に秀でていたという。

後一は、享保19年(1734年)に『近松浄瑠璃拾遺』を刊行し、近松の作品をさらに後世に伝えようとしたが、この作品は完成することなく、途中で中断してしまった。このことについては、後一が病に倒れたためだとか、近松の作品をすべて収録することが困難になったためだとか、さまざまな説がある。

後一は、近松門左衛門の死後、浄瑠璃界を支えた重要な人物であり、近松の作品を後世に伝えることに大きく貢献した。また、後一は独自の作風を確立し、近松門左衛門に次ぐ浄瑠璃作者として活躍した。

北窓後一の作品

北窓後一の作品

-北窓後一の作品-

北窓後一は、淨瑠璃作者として活躍した人物です。彼の作品は、主に世話浄瑠璃に分類され、庶民の生活や恋愛などを題材としたものが多く見られます。彼の代表作には、「傾城仏の原」「心中天の網島」「曾根崎心中」などがあります。

「傾城仏の原」は、大坂を舞台とした世話浄瑠璃で、傾城・八百屋お七と、町人・吉三郎の悲恋を描いた作品です。この作品は、八百屋お七の火事の放火事件を題材としており、庶民の生活の苦しさと切なさを描いた作品として知られています。

「心中天の網島」は、大坂を舞台とした世話浄瑠璃で、紙屋・治兵衛と、遊女・小春のおのれ悲恋を描いた作品です。この作品は、心中という題材を扱っており、当時の社会問題となっていた心中事件を背景にしています。なおこの作品には与兵衛という身分の高い男性に小春が恋をして彼にそばにいるには死ぬしかないと治兵衛に別れを告げるという結末がもう一つ用意されている。

「曾根崎心中」は、大坂を舞台とした世話浄瑠璃で、天満紙屋・徳兵衛と、遊女・お初のおのれ悲恋を描いた作品です。この作品は、心中という題材を扱っており、当時の社会問題となっていた心中事件を背景にしています。この作品は、北窓後一の作品の中でも最も有名な作品であり、現在でも多くの人々に愛されています。

北窓後一の作品は、庶民の生活や恋愛などを題材としたものが多く、その作品は庶民の共感を呼び、高い人気を博しました。彼の作品は、浄瑠璃の歴史の中で重要な位置を占めており、現在でも多くの人々に愛されています。

北窓後一が浄瑠璃に遺した功績

北窓後一が浄瑠璃に遺した功績

-北窓後一が浄瑠璃に遺した功績-

浄瑠璃作者・北窓後一は、1671年に京都で生まれ、1742年に亡くなった江戸時代の浄瑠璃作者です。本名は高杉伊織といい、号は北窓・退窓などがありました。元禄期から宝暦期にかけて活躍し、浄瑠璃の隆盛に貢献した功績で知られています。

後一が浄瑠璃に遺した功績は、主に以下の3点です。

1. -浄瑠璃の形式を確立した-

浄瑠璃は、語り手である太夫が浄瑠璃本を朗読し、三味線や胡弓などの伴奏をつける芸能です。後一は、浄瑠璃本を三段構成にする形式を確立し、浄瑠璃の演劇性を高めました。また、浄瑠璃の題材を、それまでの説経節や念仏節などの仏教的なものから、世俗的なものへと広げました。

2. -浄瑠璃の題材を多様化した-

後一は、浄瑠璃の題材を、歴史物語や説話、民間伝承、武勇伝、恋愛小説など、多岐にわたって取り上げました。また、浄瑠璃に初めて歌舞伎の要素を取り入れたことでも知られています。これにより浄瑠璃は、庶民の間で幅広く人気を集めるようになりました。

3. -浄瑠璃の作者としての地位を確立した-

浄瑠璃作者は、それまで名乗るのが一般的ではありませんでした。しかし、後一は浄瑠璃作者として初めて本名を名乗り、浄瑠璃作者としての地位を確立しました。また、後一は浄瑠璃の理論書である『浄瑠璃照覧記』を著し、浄瑠璃の脚本の書き方を体系化しました。

北窓後一は、浄瑠璃の隆盛に大きく貢献した功績で知られる浄瑠璃作者です。後一が浄瑠璃に遺した功績は、浄瑠璃の形式を確立し、浄瑠璃の題材を多様化し、浄瑠璃の作者としての地位を確立したことの3点です。後一の作品は、現在でもなお多くの人々に愛されています。

タイトルとURLをコピーしました