久布白落実 – 大正・昭和時代の女性運動家

久布白落実 – 大正・昭和時代の女性運動家

大叔母・矢島楫子の影響

大叔母・矢島楫子の影響

-大叔母・矢島楫子の影響-

久布白落実は、戦前から戦後にかけて活躍した女性運動家です。大正・昭和時代という激動の時代を生き、女性の権利向上に尽力しました。

久布白落実は、1889年(明治22年)に岡山県久米郡久米南条村(現・美咲町)に生まれました。彼女の母は、矢島楫子の妹である久布白満寿恵でした。楫子は、明治維新後に女子教育に力を注ぎ、東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の初代校長を務めた人物です。落実は、楫子の影響を受けて幼い頃から女性問題に関心を持ち、1919年(大正8年)に東京女子大学を卒業後は、家事講習会や婦人会の運営など様々な社会活動に携わりました。

1921年(大正10年)、久布白落実は夫の久布白茂と共に渡米します。渡米後は、全米婦人参政権協会の活動に参加し、女性の選挙権獲得運動に尽力しました。また、1923年(大正12年)には、国際婦人参政権同盟の東京大会に出席し、国際的な女性運動にも参加するようになりました。

1928年(昭和3年)、久布白落実は帰国し、日本婦人政権獲得同盟に参加します。同団体は、女性の選挙権獲得を目指して活動する団体で、落実は同団体の幹部を務め、全国各地を巡回して講演会や集会を開催しました。1946年(昭和21年)、女性の選挙権が認められると、落実は参議院議員に当選し、初の女性国会議員の一人となりました。

久布白落実は、戦後も女性運動に積極的に参加し、1956年(昭和31年)には、婦選獲得運動の功績が認められて勲四等瑞宝章を受章しました。1965年(昭和40年)に76歳で亡くなるまで、女性の権利向上のため精力的に活動し続けました。

久布白落実は、大叔母・矢島楫子の影響を受けて、幼い頃から女性問題に関心を持ち、女性運動に生涯を捧げた人物でした。彼女の功績は、今日の女性の権利向上に大きく貢献しています。

渡米と牧師との結婚

渡米と牧師との結婚

-渡米と牧師との結婚-

久布白落実は、1897年(明治30年)にアメリカ合衆国に渡り、1901年(明治34年)にクエーカー教の牧師、ウィリアム・E・ホーキンスと結婚しました。2人は新婚旅行で世界一周旅行を行い、日本、中国、インド、エジプト、ヨーロッパなどを訪れました。

1902年(明治35年)に帰国後、落実はホーキンスとともに北海道で伝道活動を始めました。1904年(明治37年)には東京に移り、1907年(明治40年)には日本ホーリネス教会を設立しました。落実は、ホーリネス教会の初代監督を務め、1922年(大正11年)まで同教会を指導しました。

落実は、ホーリネス教会の指導者として、女性の権利向上に努めました。1908年(明治41年)には、日本基督教婦人矯風会を設立し、1911年(明治44年)には、日本女子矯風会を設立しました。また、落実は、1925年(大正14年)に開催された第1回国際婦人会議に出席し、日本の女性の権利向上についてスピーチを行いました。

落実は、1936年(昭和11年)に死去しました。享年60歳でした。落実は、日本の女性運動の発展に大きく貢献した人物であり、その功績は今日でも高く評価されています。

廃娼と婦人参政権獲得への尽力

廃娼と婦人参政権獲得への尽力

廃娼と婦人参政権獲得への尽力

久布白落実は、廃娼と婦人参政権獲得に尽力した大正・昭和時代の女性運動家です。彼女は、1877年に石川県金沢市で生まれ、1903年に東京女子高等師範学校を卒業しました。卒業後は、山梨県の女子師範学校で教鞭を執り、1908年に東京に戻って日本女子大学校に入学しました。

日本女子大学校卒業後は、日本婦人矯風会に入会し、廃娼運動に携わるようになりました。日本婦人矯風会は、1886年にアメリカで設立されたキリスト教系女性団体で、日本には1895年に設立されました。久布白は、日本婦人矯風会で幹部を務め、廃娼運動の先頭に立ちました。

久布白は、廃娼運動を推進する上で、世論啓発活動に力を入れました。彼女は、講演会や執筆活動を通じて、廃娼の必要性を訴えました。また、彼女は、廃娼を目的とした請願書を政府に提出したり、廃娼法案の制定を国会に働きかけたりしました。

久布白の尽力もあり、1922年に廃娼法が制定されました。廃娼法は、娼妓制度を廃止し、売春を禁止しました。この法律の制定により、日本における公娼制度は廃止され、売春は犯罪行為となりました。

廃娼法の制定後、久布白は婦人参政権獲得運動にも力を入れました。彼女は、婦人参政権獲得を目的とした団体である婦人参政権獲得同盟会を設立し、会長に就任しました。久布白は、婦人参政権獲得同盟会で幹部を務め、婦人参政権獲得運動の先頭に立ちました。

久布白の尽力もあり、1946年に婦人参政権が認められました。婦人参政権の獲得は、日本の女性にとって大きな進歩であり、久布白の功績は高く評価されています。

久布白は、廃娼と婦人参政権獲得に尽力した偉大な女性運動家です。彼女の功績は、日本の女性の歴史に大きな影響を与えました。

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