ココム規制違反事件

経済分野の人

青井舒一:東芝を率いた経営者

-東芝機械のココム規制違反事件- 1987年、東芝機械は、ココム(対共産圏輸出統制委員会)の規制に違反して、工作機械をソ連に輸出していたことが発覚した。この事件は、東芝機械の経営陣の責任を問う声が高まり、同社の社長と専務が引責辞任する事態となった。 ココムは、冷戦時代に、西側諸国が共産圏諸国への輸出を統制するために設立された機関である。ココムの規制は、軍事転用可能な製品や技術の輸出を禁止しており、工作機械も規制対象となっていた。 東芝機械は、1982年から1987年にかけて、工作機械をソ連に輸出していた。同社は、この輸出がココムの規制に違反していることを知っていたにもかかわらず、輸出を続けたとされる。 この事件が発覚したきっかけは、1987年にソ連の工作機械工場で、東芝機械製の工作機械が発見されたことである。ソ連当局は、この工作機械がココムの規制に違反して輸出されたものであると主張した。 日本の政府は、ソ連当局の主張を認めて、東芝機械に輸出許可を与えていなかったことを明らかにした。これを受けて、東芝機械は、輸出を停止して、捜査に協力することになった。 捜査の結果、東芝機械は、ココムの規制に違反して、工作機械をソ連に輸出していたことが判明した。同社は、この輸出によって、100億円以上の利益を得ていたとされる。 この事件は、日本の企業によるココム規制違反事件としては、最大規模の事件となった。この事件は、日本の企業の海外進出に対する規制の強化を招いた。