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「太田黒克彦」

-太田黒克彦の生涯- 太田黒克彦は、1914年(大正3年)10月10日、東京都に生まれた。父は太田黒元雄、母は太田黒きよ。父・元雄は、太田黒美術工芸社を経営する実業家で、美術にも造詣が深く、克彦に幼い頃から美術の薫陶を与えた。 克彦は、東京美術学校(現・東京芸術大学)油画科に進学し、在学中は、梅原龍三郎、林武、藤島武二らに師事した。1936年(昭和11年)に同校を卒業後、渡欧し、フランスとイタリアで絵画を学んだ。 1939年(昭和14年)に帰国後、克彦は、父が経営する太田黒美術工芸社に入社し、美術部門の責任者として活躍した。同社は、当時、国内有数の美術商であり、克彦は、数多くの美術展を開催し、若手画家の発掘にも尽力した。 1941年(昭和16年)には、克彦は、徴兵され、南方戦線に派遣された。1945年(昭和20年)に終戦を迎えて帰国した後、克彦は、太田黒美術工芸社を再建し、美術界での活動を再開した。 1952年(昭和27年)、克彦は、太田黒美術工芸社を退社し、独立して画廊を開設した。同画廊は、国内外の著名な画家の作品を展示し、多くの美術愛好家に親しまれた。 1962年(昭和37年)、克彦は、日本美術家連盟の会長に就任した。同連盟は、国内の美術家の団体であり、克彦は、そのリーダーとして、美術界の発展に尽力した。 1995年(平成7年)10月7日、克彦は、東京都内の病院で心不全のため死去した。享年80歳。克彦は、生涯を通じて、美術の普及と発展に貢献した功績が称えられ、多くの美術関係者から惜しまれた。