入木談

作家

姫岳-江戸時代中期-後期の僧と俳人

-姫岳の生涯と俳句- 姫岳は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した僧侶であり、俳人です。本名は大雲院菊山と称し、1685(貞享2)年、武蔵国児玉郡下里見(現在の埼玉県児玉郡上里町下里見)に生まれました。幼い頃から学問と俳諧を好み、19歳の時に江戸に出て、俳諧師の其角に入門しました。其角の死後、芭蕉の高弟である美濃派の仙寿にまなびました。 1718(享保3)年、美濃派の俳人である唐衣が、姫岳と俳諧師の井口元九郎と一緒に、下野国足利郡在住の俳人である丈草を訪問しました。丈草は、姫岳の才能を高く評価し、その後、丈草宅に滞在しながら俳諧を学びました。丈草の死後、姫岳は、武蔵国児玉郡下里見に隠棲し、晩年を過ごしました。 姫岳の俳句は、芭蕉や其角の写生的写実的な句風を受け継ぎ、自然の風景や日常生活の中の情景をありのままに詠んだ句が多いのが特徴です。また、ユーモアのある句も多く、庶民の生活や風俗をユーモラスに詠んだ句も人気がありました。 姫岳の句は、江戸時代の俳諧 anthologiesに多数掲載されており、その才能は広く知られていました。また、姫岳は、俳諧の指導者としても活躍し、多くの弟子を育てました。姫岳の句風は、後世の俳人に大きな影響を与え、江戸時代中期から後期にかけての俳諧の発展に貢献しました。 姫岳の代表的な句には、以下のものがあります。 * 朝霧に 野は霞みて 江の遠し * 夕顔の花 朝顔の花 昼顏の花 * 夏草や 兵どもが夢の跡 * 秋風や 富士も白く 筑波も白し * 冬枯れや 馬は夕日に 影法師