日本放送作家協会

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桂一郎 – 昭和の放送作家

桂一郎の生涯と功績 桂一郎は、1903年(明治36年)に東京府東京市麹町区(現在の東京都千代田区麹町)に生まれた。東京帝国大学法学部卒業後、1927年(昭和2年)に日本放送協会(NHK)に入社した。 NHKに入社後、桂一郎は、主にラジオ番組の制作に携わった。1931年(昭和6年)には、ラジオドラマ『君の名は』を制作し、大ヒットを記録した。この作品は、日本のラジオドラマ史上初のヒット作といわれている。 その後も、桂一郎は、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』、『月光仮面』など、数々のヒット作を制作した。また、ラジオドラマの脚本の書き方についての著書『ラジオドラマ脚本作法』を出版し、その後のラジオドラマの脚本家たちに大きな影響を与えた。 1945年(昭和20年)にNHKを退社した後、桂一郎は、フリーの放送作家として活躍を続けた。1953年(昭和28年)には、テレビドラマ『月光仮面』の脚本を執筆し、再び大ヒットを記録した。 桂一郎は、1980年(昭和55年)に77歳で死去した。しかし、その作品は現在でも多くの人から愛され続けている。 桂一郎の功績は、大きく分けて二つある。一つは、ラジオドラマの脚本の書き方についての理論を確立したことである。桂一郎は、ラジオドラマの脚本を執筆する際に、視覚的な要素を重視した。これは、ラジオドラマは視覚的な要素がないため、聴衆に映像を想像させなければならないという桂一郎の考えに基づいていた。桂一郎の脚本の書き方についての理論は、その後のラジオドラマの脚本家たちに大きな影響を与えた。 二つ目は、数々のヒット作を制作したことである。桂一郎は、ラジオドラマ『君の名は』、『赤胴鈴之助』、『月光仮面』など、数々のヒット作を制作した。これらの作品は、日本人の国民性を反映したものであり、多くの人から愛され続けている。
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市川森一 → 昭和後期-平成時代の脚本家の才能

-日大卒の脚本家- 市川森一は、1938年に東京都で生まれました。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、松竹に入社しました。松竹では助監督として働き、1966年に『愛と死のかたみ』で脚本家としてデビューしました。その後、松竹を退社してフリーとなり、映画、テレビドラマ、舞台の脚本を数多く手がけました。 市川森一の脚本の特徴は、リアリティのある描写と人間ドラマの巧みな構成です。市川森一は、社会問題や人間の心の動きを鋭く捉え、それをリアルに脚本化しました。また、市川森一は、人間ドラマの構成にも優れており、視聴者を惹きつけるストーリー展開を生み出しました。 市川森一の代表作には、映画『男はつらいよ』シリーズ(1969年-1995年)、『寅さんフーテンの寅』(1970年)、『お葬式』(1984年)、『男はつらいよ 寅次郎の恋歌』(1987年)、テレビドラマ『北の国から』(1981年-1982年)、『渡る世間は鬼ばかり』(1990年-2011年)、『JIN-仁-』(2009年-2011年)などがあります。 市川森一は、1997年に紫綬褒章を受章し、2003年に文化功労者に選ばれました。2021年に肺炎のため死去しました。 市川森一は、昭和後期から平成時代にかけて活躍した脚本家の巨匠です。市川森一の作品は、今もなお多くの人々に愛され続けています。
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阿木翁助:ラジオとテレビで活躍した劇作家

「阿木翁助の生涯と経歴」 阿木翁助は、1920年(大正9年)8月11日に、東京府東京市本郷区(現東京都文京区)に生まれた。本名は阿木雄助。早稲田大学卒業後、松竹宣伝部を経て、1949年(昭和24年)に劇団俳優座に入団した。 1951年(昭和26年)に発表した『花降る里』が直木賞候補作となり、翌1952年(昭和27年)には、『嫁ぐ日』で直木賞を受賞した。1954年(昭和29年)には、ラジオドラマ『君の名は』がヒットし、一躍人気作家となった。 1955年(昭和30年)には、テレビドラマ『月よりの使者』が放送され、空前の大ヒットとなった。このドラマは、阿木翁助が脚本を担当し、渥美清が主演した。月に住む宇宙人が地球にやってきて、人間たちと交流する物語で、当時としては斬新な設定だった。 1957年(昭和32年)には、ラジオドラマ『永六輔の誰かとどこかで』が放送され、これもヒットした。永六輔がパーソナリティを務め、毎回ゲストを迎えてトークを繰り広げる番組だった。 1960年(昭和35年)には、テレビドラマ『シャボン玉ホリデー』が放送され、これもヒットした。このドラマは、阿木翁助が脚本を担当し、森繁久彌が主演した。東京の銀座を舞台に、様々な人間模様を描いた物語で、当時の日本人の生活を反映していた。 阿木翁助は、1980年(昭和55年)に死去した。享年60歳。数多くの作品を残し、日本の放送劇史において重要な役割を果たした。