日比谷

美術分野の人

小林日谷 – 江戸時代後期の篆刻家

小林日谷の生涯 小林日谷は、江戸時代後期の篆刻家。名は艮、字は兆山、別号は遂渓、古稀館など。安永6年(1777年)、江戸(現在の東京都)に生まれる。 日谷は若い頃から篆刻を学び、田能村竹田に師事した。竹田の指導のもと、日谷は篆刻の技術を磨いていった。また、日谷は書にも優れており、その書は能書家として知られた。 日谷は、文政13年(1830年)に江戸幕府の御用篆刻師に任命された。そして、日谷は幕府の依頼により、多くの印を刻した。日谷の印は、その精緻な彫り口と美しい書で知られ、高く評価された。 日谷は、安政6年(1859年)に83歳で亡くなった。日谷の死後、その篆刻は多くの篆刻家に影響を与えた。そして、日谷は江戸時代後期の篆刻界を代表する篆刻家として知られるようになった。
歴史上の人物

エンデ-明治政府に議事堂・中央諸官庁の設計を依頼されたドイツ人建築家

-明治政府からの依頼と来日- エンデは、1875年(明治8年)に明治政府から議事堂・中央諸官庁の設計を依頼されました。日本の近代化を推進するため、明治政府は西洋の建築様式を導入することを決定し、エンデに設計を依頼したのです。 エンデは、1876年(明治9年)に日本に到着しました。彼は、すぐに設計を開始し、1880年(明治13年)には議事堂が完成しました。議事堂は、西洋の様式を基に、日本の伝統的な建築様式を取り入れたもので、明治政府の近代化の象徴として建設されました。 エンデは、議事堂の完成後も日本に滞在し、中央諸官庁の設計にも携わりました。1882年(明治15年)には、司法省が完成し、1888年(明治21年)には、内務省が完成しました。エンデが残したこれらの作品は、日本の近代建築の礎となり、現在も日本の建築界に大きな影響を与えています。