松田ミュージック・アカデミー

ミュージシャン

松田トシ – 日本の歌のおばさん

松田トシの生涯 1915年(大正4年)4月1日、石川県能登地方の七尾市で松田富子として生まれる。幼少期から歌謡曲のレコード、特にポリドールを好んで聴いていたという。1931年(昭和6年)に地元の音楽コンテストで優勝し、レコード会社からスカウトされた。 1932年(昭和7年)に上京し、ポリドールで「松田トシ」としてデビュー。デビュー曲は「どこをどう歩けばいいのやら」。1934年(昭和9年)に「浪花節だよ人生は」を発表、この曲が大ヒットし、松田トシの名が知られるようになった。 1937年(昭和12年)にコロムビアに移籍。1938年(昭和13年)に「東京音頭」を発表、この曲が空前の大ヒットとなり、松田トシは「音頭女王」と呼ばれるようになった。 1940年(昭和15年)に「旅笠道中」を発表、この曲がまた大ヒット。松田トシは、戦時中に多くのヒット曲を飛ばし、「国民的歌謡曲歌手」として国民に親しまれた。 戦後は、映画やテレビに出演するなど、幅広く活躍。1967年(昭和42年)に紫綬褒章、1979年(昭和54年)に勲四等瑞宝章を受章。1984年(昭和59年)に脳溢血で倒れ、以降は療養生活を送る。 1992年(平成4年)7月11日、東京都内の病院で死去。享年77歳。 松田トシは、昭和を代表する歌謡曲歌手であり、多くの人々に愛された。彼女の歌声は、今もなお多くの人々の心に響き続けている。