松竹新派文芸部

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阿木翁助:ラジオとテレビで活躍した劇作家

「阿木翁助の生涯と経歴」 阿木翁助は、1920年(大正9年)8月11日に、東京府東京市本郷区(現東京都文京区)に生まれた。本名は阿木雄助。早稲田大学卒業後、松竹宣伝部を経て、1949年(昭和24年)に劇団俳優座に入団した。 1951年(昭和26年)に発表した『花降る里』が直木賞候補作となり、翌1952年(昭和27年)には、『嫁ぐ日』で直木賞を受賞した。1954年(昭和29年)には、ラジオドラマ『君の名は』がヒットし、一躍人気作家となった。 1955年(昭和30年)には、テレビドラマ『月よりの使者』が放送され、空前の大ヒットとなった。このドラマは、阿木翁助が脚本を担当し、渥美清が主演した。月に住む宇宙人が地球にやってきて、人間たちと交流する物語で、当時としては斬新な設定だった。 1957年(昭和32年)には、ラジオドラマ『永六輔の誰かとどこかで』が放送され、これもヒットした。永六輔がパーソナリティを務め、毎回ゲストを迎えてトークを繰り広げる番組だった。 1960年(昭和35年)には、テレビドラマ『シャボン玉ホリデー』が放送され、これもヒットした。このドラマは、阿木翁助が脚本を担当し、森繁久彌が主演した。東京の銀座を舞台に、様々な人間模様を描いた物語で、当時の日本人の生活を反映していた。 阿木翁助は、1980年(昭和55年)に死去した。享年60歳。数多くの作品を残し、日本の放送劇史において重要な役割を果たした。