熊本県分所長

歴史上の人物

阿蘇惟孝 – 明治-昭和時代前期の神職

-阿蘇神社宮司としての功績- 阿蘇惟孝は、1863年(文久3年)に阿蘇神社の宮司に就任しました。彼は、阿蘇神社の復興と発展に尽力し、多くの功績を残しました。 阿蘇神社は、阿蘇山の噴火によって、1861年(文久元年)に社殿が焼失していました。阿蘇惟孝は、社殿の再建をすぐに開始し、1865年(慶応元年)に完成させました。また、阿蘇神社の境内を整備し、参道を拡張しました。 阿蘇惟孝は、阿蘇神社の祭礼を盛大に行うことに努めました。1869年(明治2年)には、阿蘇神社の例祭である「阿蘇大祭」を復活させました。また、1873年(明治6年)には、阿蘇神社の秋季例祭である「阿蘇秋祭り」を創始しました。阿蘇大祭と阿蘇秋祭りには、多くの参拝者が訪れ、阿蘇神社の繁栄に貢献しました。 阿蘇惟孝は、阿蘇神社の宝物や文書を収集し、保存しました。1874年(明治7年)には、阿蘇神社の宝物や文書を収蔵する「阿蘇神社宝物館」を開設しました。また、1881年(明治14年)には、阿蘇神社の文書を編纂した「阿蘇文書」を出版しました。これらの活動により、阿蘇神社の歴史や文化が保存されるようになりました。 阿蘇惟孝は、阿蘇神社の社格を高めることに努めました。1871年(明治4年)には、阿蘇神社を「官幣大社」に昇格させました。官幣大社は、国家が幣帛(へいはく)を奉納する神社で、阿蘇神社の社格を大幅に高めました。 阿蘇惟孝は、1913年(大正2年)に阿蘇神社の宮司を退任しました。彼は、阿蘇神社の復興と発展に尽力し、多くの功績を残しました。阿蘇惟孝の功績は、現在も阿蘇神社に受け継がれています。