琴水

作家

「東為坊」

東為坊の生涯 東為坊は、戦国時代の僧侶であり、茶人としても知られています。名は「祐哲(ゆうてつ)」、法名は「東為坊祐哲(とういぼうゆうてつ)」といいます。1502年、京都に生まれました。幼少期から学問や芸術に秀で、15歳で出家し、18歳で得度しました。その後、各地を巡りながら修行を重ね、20代後半には本願寺に仕えていました。 本願寺では、坊主衆の頭領として、本願寺の財政や外交を担当していました。また、茶の湯にも精通しており、織田信長や豊臣秀吉など、当時の権力者たちとも親交を深めていました。1582年、本能寺の変で信長が自害すると、秀吉に仕えて、秀吉の天下統一に貢献しました。 1598年、秀吉が亡くなると、徳川家康に仕えました。家康は、東為坊の茶の湯の才能を高く評価し、家康の茶頭として重用しました。また、家康の命を受けて、京都に「東福寺塔頭東為坊」を建立しました。東為坊は、ここで茶の湯の指導を行い、多くの弟子を育てました。 東為坊は、1607年に亡くなりました。享年66歳でした。東為坊は、生涯にわたって茶の湯に精進し、茶の湯の発展に大きな功績を残しました。また、本願寺や徳川家康に仕えて、日本の政治にも影響を与えました。東為坊は、戦国時代から江戸時代にかけて、活躍した、重要な人物です。