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戸塚文卿 – 大正・昭和時代前期のカトリック司祭、医師

-戸塚文卿の生涯と功績- 戸塚文卿は、1886年(明治19年)1月27日、長崎県西彼杵郡琴海村(現在の長崎市琴海町)に生まれた。1902年(明治35年)に長崎県立長崎中学校(現在の長崎県立長崎東高等学校)を卒業後、1906年(明治39年)に東京帝国大学医科大学に入学した。1912年(大正元年)に卒業後、東京帝国大学伝染病研究所(現在の国立感染症研究所)に入所した。 1915年(大正4年)に、戸塚はカトリック教会に入信した。1917年(大正6年)に東京帝国大学医学部助手となり、1918年(大正7年)にカトリック東京教区司祭に叙階された。1919年(大正8年)には、東京府南葛飾郡亀有村(現在の東京都葛飾区亀有)に亀有カトリック教会を設立した。 1922年(大正11年)に、戸塚はローマ教皇庁立グレゴリアン大学に留学し、1925年(大正14年)に神学博士号を取得した。帰国後は、東京帝国大学医学部助教授となり、1928年(昭和3年)にカトリック東京教区司教に任命された。 戸塚は、カトリック東京教区司教として、東京大司教区の設立に尽力した。1937年(昭和12年)に東京大司教区が設立されると、戸塚は初代大司教に就任した。また、戸塚は、カトリック教会の社会事業にも尽力し、1938年(昭和13年)にカトリック社会事業連盟を設立した。 1945年(昭和20年)8月15日、戸塚は原爆投下の影響を受けて被爆した。戸塚は、被爆後もカトリック東京教区司教として、東京大司教区の復興に尽力した。1958年(昭和33年)1月27日、戸塚は東京で死去した。 戸塚は、カトリック教会の指導者として、日本のカトリック教会の発展に貢献した。また、戸塚は、カトリック教会の社会事業にも尽力し、日本の社会福祉の発展に貢献した。