藤原敦宗

歴史上の偉人

平安時代後期の官吏・漢詩人→ 藤原敦宗

-藤原敦宗の生い立ちと経歴- 藤原敦宗は、平安時代後期に活躍した官吏・漢詩人です。生年は不明ですが、1060年(康平3年)頃に生まれたと推定されています。藤原北家閑院流敦敏公支流にあたる藤原敦基の子として、京都に生まれました。 幼少期から学問に励み、漢詩を特に得意としていました。18歳で文章生となり、23歳で官人として仕官しました。その後、順調に昇進を重ね、30歳で文章博士に任じられました。文章博士は、漢詩や文章の作成を担う官職で、敦宗は朝廷の重要儀式で披露される漢詩や文章を数多く作成しました。 40歳で権右中弁に任じられ、44歳で右中弁に昇進しました。右中弁は、天皇の秘書官的な役割を果たす官職で、敦宗は天皇の側近として活躍しました。48歳で権中納言に任じられ、52歳で中納言に昇進しました。中納言は、天皇の諮問機関である議政官のメンバーを務める官職で、敦宗は朝廷の政務に深く関与しました。 敦宗は、59歳で権大納言に任じられ、63歳で大納言に昇進しました。大納言は、議政官の筆頭を務める官職で、敦宗は朝廷の最高権力者の一人となりました。67歳で太政大臣に任じられ、70歳で薨去しました。 敦宗は、漢詩人としても知られています。敦宗の漢詩は、清新で優雅な文体で、当時の貴族に愛好されました。敦宗の漢詩は、勅撰漢詩集『本朝続文粋』や『続本朝文粋』に収録されています。 敦宗は、平安時代後期を代表する官吏・漢詩人として活躍しました。敦宗の死後、藤原頼通が太政大臣に任じられ、藤原北家閑院流敦敏公支流は藤原頼通を祖とする藤原頼通流に受け継がれました。