造東寺長官

歴史上の人物

阿倍真勝

阿倍真勝の概要 阿倍真勝(あべのまさかつ)は、平安時代初期の公卿・政治家。左大臣・阿倍安麻呂の三男。官位は従三位・右大臣、贈正一位。 阿倍真勝は、阿倍安麻呂の三男として生まれる。母は不詳。父・安麻呂は、桓武天皇の治世に右大臣を務めるなど、平安時代初期の政治を牽引した人物であった。 真勝は、幼少期から聡明で、学問に秀でていた。10代前半で文章生となり、20代前半には左近衛将監に任じられた。その後、急速に昇進し、30代前半には参議に任じられた。 参議として、真勝は桓武天皇の信任を得て、数多くの重要な任務を任された。桓武天皇の崩御後、嵯峨天皇が即位すると、真勝は引き続き嵯峨天皇の信任を得て、権勢を振るった。 816年、嵯峨天皇が譲位し、淳和天皇が即位すると、真勝は右大臣に任じられた。右大臣として、真勝は淳和天皇の信任を得て、引き続き政務を執った。 823年、真勝は病気のため辞職し、まもなく薨去した。享年53。真勝の死後、阿倍氏の一族は衰退していった。 真勝は、学問に秀でており、和歌にも優れた才能を持っていた。真勝の和歌は、『古今和歌集』や『拾遺和歌集』に収められている。 また、真勝は、仏教にも帰依しており、私財を投じて寺院を建立した。真勝が建立した寺院には、法華寺や圓成寺などがある。 真勝は、平安時代初期の政治を牽引した人物であり、学問や和歌、仏教にも優れた才能を持っていた。真勝の死後、阿倍氏の一族は衰退していったが、真勝の功績は今もなお語り継がれている。