阿倍息道

歴史上の人物

安倍奥道:奈良時代の功績を遺した歌人・官吏

- 波乱の人生を歩んだ安倍奥道 安倍奥道は、奈良時代の歌人・官吏です。天平8年(736年)に生まれ、延暦21年(802年)に亡くなりました。 奥道は、越後国蒲原郡(現在の新潟県小千谷市)に生まれました。父は越後国司の安倍槻麻呂、母は藤原麻呂の娘でした。奥道は、幼い頃から聡明で、詩歌に優れていました。天平19年(747年)に、12歳で大学寮に入学し、文章生となりました。 奥道は、大学寮で文章道を学び、太安万侶や大伴家持らと親交を深めました。天平勝宝8年(756年)に、文章博士となり、翌年に、越後国掾に任命されました。しかし、奥道は、越後国掾を辞任して、奈良に戻りました。 天平宝字元年(757年)、奥道は、大宰少弐に任命され、九州に赴任しました。しかし、奥道は、大宰少弐を辞任して、再び奈良に戻りました。その後、奥道は、播磨国守、左京大夫、大蔵卿などを歴任しました。 延暦4年(785年)、奥道は、右大臣に任命されました。右大臣は、太政官の次官で、天皇を補佐する最高位の官職でした。奥道は、右大臣として、桓武天皇を補佐して、平安京への遷都を行い、蝦夷征討を行いました。 延暦21年(802年)、奥道は、70歳で亡くなりました。奥道は、歌人として、『万葉集』に30首の歌を残しています。また、官吏として、平安京への遷都や蝦夷征討など、数々の功績を遺しました。 奥道は、波乱の人生を歩みましたが、常に和歌を愛し、官吏として朝廷に仕えました。奥道は、奈良時代の功績を遺した歌人・官吏として、後世に語り継がれています。