「凡兆」について
-「野沢凡兆(のざわ-ぼんちょう)について」-
_野沢凡兆(のざわ-ぼんちょう)_
野沢凡兆(のざわ-ぼんちょう)は京都の仏師。
享保8年(1723年)に京都で生まれ、元文4年(1739年)に仏師となる。
宝暦7年(1757年)には仏師長となり、翌8年(1758年)には仏師奉行となる。
安永7年(1778年)には仏師頭となり、天明2年(1782年)には大仏師となる。寛政2年(1790年)には仏師最高位である法印に叙せられる。
寛政12年(1800年)に京都で死去。享年78。
凡兆は、仏像の制作だけでなく、仏具や仏画の制作にも優れた才能を発揮した。また、仏教の教義や仏教美術に関する著書も残しており、仏教界に大きな影響を与えた。
凡兆の仏像は、写実的で細部にまでこだわった作風で知られている。また、仏像だけでなく、仏具や仏画の制作にも優れた才能を発揮し、仏教界に大きな影響を与えた。
凡兆の仏像は、京都の建仁寺、東福寺、南禅寺などの名刹に安置されている。また、東京の国立博物館、京都国立博物館、大阪市立美術館などの美術館にも所蔵されている。
凡兆は、江戸時代中期を代表する仏師であり、仏教界に大きな影響を与えた人物である。