小寺房治郎→ 日本の化学のパイオニア
小寺房治郎の生涯
小寺房治郎は、1872年11月3日に岡山県岡山市に生まれました。父は岡山藩士の小寺房五郎、母は同藩士の娘である益子です。房治郎は、幼い頃から聡明で、1888年には東京帝国大学理学部に入学しました。大学では、化学を専攻し、1892年に卒業しました。
卒業後は、東京帝国大学大学院に進学し、化学の研究を続けました。1896年に、教授に就任し、1901年には、理学部長に就任しました。その後、1906年には、東京帝国大学総長に就任しました。
総長在任中は、大学の改革に努め、1913年には、理学部を理学部と工学部に分離しました。また、1914年には、大学院を設立し、大学院生を養成する制度を整えました。
1918年に、総長を退任した後も、東京帝国大学で化学の研究を続けました。1924年には、帝国学士院会員に選出され、1929年には、文化勲章を受章しました。
小寺房治郎は、日本の化学のパイオニアとして、日本の化学の発展に大きく貢献しました。1941年10月26日に、東京で亡くなりました。